Fetch The Bolt Cutters – フィオナ・アップル (Fiona Apple)

Fiona_Apple - Fetch_The_Bolt_Cutters
  • リリース日:2020年4月17日
  • 個人評価:★★★★★

声を出すことを恐れずに成し得た完全オリジナリティ

アメリカ ニューヨーク出身の女性シンガーソングライター フィオナ・アップルの5作目のオリジナル・アルバムです。
大ヒットとなった1996年に [Tidal(タイダル)] でデビューして、もうデビューして25年以上経ってますが、今作で5枚目という寡作な方です。
前作の [The Idler Wheel…] が2012年リリースです。(実はタイトルが長く省略形で […] と入っています。)
ですのでこのアルバムは実に8年ぶりのアルバムとなります。

タイトルとなった [Fetch The Bolt Cutters] とはイギリスのTVシリーズ [The FALL 警視ステラ・ギブソン] でゲラン・アンダーソンが演じた性犯罪を取り締まる警察官が、女の子が虐待され閉じ込められていた部屋にカギがかけられていたのを見つけたときに言ったセリフ「ボルト・カッターを持ってこい」から着想を得たそうで、逃げ場のなかったりどうしようもない状況から自由になるということから、「声を上げることを恐れないで」という気持ちをこめたとのことです。
そんなテーマを中心に声を掲げるフィオナのメッセージがアルバム通して見えてくるように思えます。

まだティーンエイジャーの頃の鮮烈なデビュー作の [Tidal(タイダル)] やセカンド・アルバムの [When the Pawn…] こそバンド・サウンドであり、前作では殆どピアノと彼女の歌のみで構成されてました。
そして今作はパーカッションや、リズム楽器が効果的に使われており、実際に身の回りや周辺にあるもの、時には亡くなったペットの犬の骨を叩いてリズムがしっくり来るものを活かしてリズムサウンドを録って行ったようです。またベースサウンドも効果的に使われています。
一聴すると楽器数の少ない曲が多いように思えますが、リズム中心に実に多彩なサウンドとなっていて、彼女の色彩豊かなピアノやヴォーカルもメイン・ヴォーカルだけでなく1曲の中にさまざまなコーラス・パターンが入っていたりして、また味付け程度にキーボードの音も聞こえて来たりします。
1曲1曲がシンプルなようでいながらも、多彩な表現がされており、実はかなり凝った考えられたサウンドになっており、曲によって様々なアレンジが施されています。
やはり時に静かに、時に声を張って歌うフィオナの情熱的で表現力豊かなメイン・ヴォーカルが彼女の様々な感情を反映しており素晴らしいですね。感情表現豊かなのですが、情熱的ながらもじめっとしたり湿っぽくならず、感情過多とか過剰な歌い方になっていないのが良いです。

フィオナ・アップルというと、 [Tidal(タイダル)] の頃からエキセントリックで難解な曲があり取っつきにくい印象がありますが、今作でも歌詞は抽象的で理解しずらいものが多く、聴く人を選ぶところはあります。
今作では前半は比較的分かり易い歌詞とサウンドもあり、印象的なピアノと歌のメロディを持つ曲が多いですが、後半になってくると歌詞の難解さが深まり、さらっと聴くと地味な印象を受けますが、実は後半の曲の方がじっくりと聴き込める曲とサウンドになっていて飽きさせず楽しめるようになります。

どの曲も良いのですが、個人的に好きなのは、7曲目の [Newspaper] は、リズム中心の曲ですがサビの部分では印象的なコーラスを交えながら感情豊かなメイン・ヴォーカルが印象的な曲です。
8曲目の [Heavy Balloon] は、人生に過剰な重荷を背負って生きざるを得ず、時に破滅してしまう現代人を歌ったような曲です。
印象的なドラムとベースラインの曲ですが、コーラスが印象的で不思議な世界を演出するようなキーボードが印象的に使われています。
11曲目の [For Her]は、子供が喜びそうな音楽のような明るい歌い出しから始まりますが、決して今のHip-Hopに影響を受けないフィオナの早口のヴォーカルが乗ってきます。コーラスに入るといきなり転調して弾けるメロティが炸裂し、3分弱の短い曲ですが心踊るナンバーになってます。しかしながら、歌詞は少女が大人(父親?)に性的悪戯をされているような明るいとは言えない暗い影を残す曲になってます。
と書いていきましたが、このアルバムを好きになった人は多分それぞれ好きな曲がバラバラになるのではないかという位、それぞれの曲が印象的で特徴的です。

有名な話ですが、アメリカのピッチフォーク・メディア(Pitchfork Media)では10年振りの10点満点の評価を受け、他のメディアでも軒並み絶賛されているアルバムであり、私はこのレビューを書くまで10回は聞きましたがそれだけ評価されるのは納得という程、今の流行りの音楽とは一線も何線も画するアルバムになっています。

あまり音楽的造詣がない私でも、このアルバムは直接的な今流行りのエレクトロとかダンス・ミュージックの要素はなく、ファースト・アルバムの [Criminal] やセカンド・アルバムの[Fast as I Can] のように話題を振りまいたり、ダンス・サウンドを取り入れたりするようなヒット・シングルにつながるような曲はありません。
ただHip-Hopやダンス・ミュージックを含めて脈々と歴史を重ねてきたアメリカのポピュラー・ミュージックをフィオナが自然と咀嚼し彼女自身が完全オリジナルとして今という時代に生み出した新鮮な音楽になっていることは疑う余地はないでしょう。
当然これは、新たな音楽形態としてフォロワーが出る類ではなく、彼女だから成し得た音楽表現という特異的なものでしょう。

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