- リリース日:2023年7月24日
- 個人評価:★★★★
アーティスト テイラーからの思わぬギフト・アルバム
前作の [Lover] も輝かしいカントリーお姫様への回帰を求める初期のファンの期待に応えるようなアルバムではなかったですが、アルバムは明るい曲ばかりでは無いですが、キラキラした明るいイメージが強く、曲の良さという意味でも素晴らしいアルバムでした。
カントリーの枠から飛び出してポップ・アーティストとなった[Speak Now (スピーク・ナウ)] 以降の彼女のポップ・スターとしての魅力とアーティスト力の大きな到達点と言っても素晴らしいアルバムでした。
空色と桜色のパステルカラーをバックに、中央のテイラーが映えるアルバム・ジャケットもとても綺麗で印象的でした。
その [Lover] がリリースされたのが、2019年8月23日。
そして、この [Folklore (フォークロア)]は2020年7月24日(日本は8月7日)とわずか1年足らずでリリースされます。
その間にあったのがコロナ(COVID-19)のパンデミックであり、この状況がこのアルバムの制作のきっかけになります。アメリカでは州により月日が異なりますが、2020年3月,4月の時期にロックダウンに入ってます。
ちなみに日本では、クルーズ船のダイアモンドプリンセス号での感染がコロナの感染力の強さを世間に印象付け、2020年4月7日に東京、神奈川,埼玉,千葉、大阪,兵庫,福岡の7都府県に緊急事態宣言を行い、4月16日に対象が全国に拡大します。
テイラー自身も全ての予定をキャンセルして、自宅にこもり、苦悩を伴うものではあったと思いますが、思わぬ時間だけは出来たようです。
パンデミックの影響で、全てが止まり、自宅で過ごす静かな時間が続き、外では不安な感染症の影響はあるが、家にいれば何も起こらない状況です。
そんな中で、時間が出来るという事は創作にあてる時間が出来るということであり、テイラー自身もそんな時期に得意とする空想モードに入っていったようです。
そんな背景の中でこのアルバムが作られていきますが、サイトのアルバム評では、Vogue Japan のレビューが興味深かったです。
2020年は自身の内側にある、今を楽しむ感覚を受け入れようとしたとインスタグラムにテイラーは綴っている。
「去年までだったら、この楽曲を『完璧な』時にリリースするのにはいつがいいか、ということをおそらく考え過ぎていたと思う。でも私たちが生きている今という時代は、保証されることなど何もないということを常に私たちに伝えている」
テイラー・スウィフトの最新アルバム、『フォークロア』を深掘り!
フォークロアとは、古くから伝わる風習・伝承という意味であり、アルバム・ジャケットも前作とは一転、グレーを基調とした森の中にテイラーが一人佇んでいる光景となっています。
そして、アルバムは今まで彼女がスターとしての階段を上がってきたアルバムでの、ダンスやエレクトロ・シンセポップから離れて、アコースティックを基調としたサウンドとなっています。
アコースティックといってもカラッとした演奏ではなく、テイラーの原点といえるカントリー・フレーバーという訳でもなく、フィドルやバイオリン等の楽器はあまり聞こえず、オルタナティブ・フォーク、インディ・フォーク寄りのダークで淡泊な曲が並んでます。さらっと聴いてしまうとあまり心に残るものは少ないと思います。
正直、一曲一曲は地味であり、飛びぬけて印象的なメロディをもつ曲はあまりなく、ピアノやアコースティック・ギターを中心に、ストリングを薄くバックに効果的に使い、淡々とした演奏が続きます。
歌詞については、よりパーソナルだけどよりストーリーテリングな方向に行っています。
ただ元々、ファースト・セカンドアルバムの時からヴァラエティ豊かに、ポップやロック、バラードやアコースティック曲を織り交ぜて制作をしていたこともあり、そもそも初期からのファンはカントリーお姫様からポップ・スターへの転身を経験しているため、あまりこのサウンドをテイラーが歌うことにイメージ・チェンジをしたとかの驚きはありません。
もう既にテイラー・スウィフトが歌えばテイラーの曲になってしまうという世界がもう既に出来ているということや、テイラーの声があればファン受け入れるというファン・ベースを作っているように思えます。
そのようないつものポップ・アーティストのテイラー・スウィフトから離れたアルバムで静かなパーソナルなアルバムですが印象的な曲はいくつもあります。パーソナルといっても [folklore] というタイトルにように過去に起こった伝承のようなストーリーテリング要素も強く、それに合わせてテイラーの実体験を絡めた曲が多いのが特徴です。
個人的に好きな曲をいくつか書いていきます。
3曲目の [the last great american dynasty] は比較的アルバムの中でもメロディがくっきりとした曲です。
歌詞はストーリー仕立てであり、ビルという実業家と結婚したレベッカが周囲から陰口を言われていわれながら、ホリデー・ハウスという邸宅に住んでいた時の内容が語られ、その邸宅をテイラーが実際に購入したようです。実際の話なのかは不明ですが、実話と伝承が入り混じったように歌われています。
4曲目の [exile] はこのアルバムの中のハイライトといって良い曲でしょう。
ボン・イヴェールことジャスティン・ヴァーノンとテイラーのデュエット曲なのですが、静かなピアノをバックに男性と女性の目線から男女の別れ・すれ違いが交互に歌われています。
コーラス部ではストリングが加わり抒情的なメロディラインの中、終わりを迎えた恋の意見がワン・フレーズ毎に歌われているのが印象的です。
13曲目の [epiphany] は、初めのヴァースでは第二次世界大戦に兵士として参加した、テイラーの祖父からインスピレーションを受けて書かれた歌詞であり、続くセカンド・ヴァースでは、パンデミックと戦う医療従事者のことが歌われているように思えます。
深淵なテーマであり、戦士も医療従事者も国のため、人のために自己を犠牲にして戦う人々であり、そこに神の慈悲があって欲しいと願う気持ちが込められているように思えます。
14曲目の [betty] はアコースティック・ギターやハーモニカで綴られるフォーキー且つ甘酸っぱいも苦い青春の思い出のような一曲です。
今までのテイラーのアルバムにあっても良いようなのアコースティック・サイドの曲ですが、このアルバムの中の後半にあることがしっくり来ます。
ポムポムプリンさんの youtube にはこの曲の分かり易くシンプルな和訳がアップされています。
またこの曲は、アルバム2曲目の [cardigan] と 8曲目の [august] がリンクしている曲となっているようですので、一緒に和訳を見ながら聴いてみるのも良いと思います。
「folklore」には「Teenage Love Triangle(10代の恋愛の三角関係)」をそれぞれ別の視点から歌った3曲があります。1曲目は「cardigan」で、2曲目は「august」です。この「betty」は、3部作最後の曲で、JamesからBettyに向けての曲です。JamesはBettyとクラスメイトで、恋人同士でしたが、別の女の子と浮気をしてしまいます。『まだ17歳で何も分かってなかった』『たったひと夏の出来心だった(「august」参照)』と言って、最後はBettyのもとに帰ってくる様子が描かれています。
和訳「betty」テイラースウィフト【folklore】ベティ- Taylor Swift(概要欄に説明あります)
このアルバムのラストに位置する16曲目の [hoax] も一聴すると地味ですが、テイラーの作詞家としての真骨頂のような愛が壊れていく過程とそこから離れることへの苦悩する様子が静かに歌われるラブ・ソングとなってます。
多くのアーティストはパンデミック時期にアルバムを制作していき、パンデミックの状況を見ながらセールス的タイミングを見計らって楽曲やアルバムをリリースしてきましたが、その時代の空気感とその時のアーティストの気持ちや感覚をそのまま作品にリアルに封じ込み、正にその時期にリアルタイムにリリースしたという点と、計画的に進められるはずのアルバム・リリースのタイミングをあえて壊したこのアルバムは非常にこの年とても意義のあるアルバムになったのではないかと思います。
そして、パンデミックという異常な時期に発表された特異なアルバムではありますが、テイラー・スウィフトが一人のポップ・スターから、作品自体はもとより、ポップス界のアーティストとしても大きく評価されることになる重要な意味を持つアルバムとなっています。
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